les signes parmi nous

堀 潤之(Junji HORI) 映画研究・表象文化論

現代美術用語辞典ver.2.0β版ほか

前エントリーに引き続き、これまた旧聞に属する話になるが、アートスケープ(artscape)が9月18日に正式に公開した現代美術用語辞典ver.2.0β版にささやかながら貢献し、以下の4項目を執筆した。(追記2013/01/20:その後、ver.2.0の正式公開に伴ってURLが変わったため、リンク先を修正した。)

ベーラ・バラージュ『視覚的人間
ルドルフ・アルンハイム『芸術としての映画
トム・ガニング「アトラクションの映画
レフ・マノヴィッチ『ニューメディアの言語

視覚的人間―映画のドラマツルギー (岩波文庫 青 557-1)Film As Artアンチ・スペクタクル-沸騰する映像文化の考古学〈アルケオロジー〉The Language of New Media (Leonardo)

この用語辞典の映像カテゴリーは阪本裕文氏の統括によるもので(彼のブログを参照)、「現代美術」の用語辞典の枠内で構想されていることもあって、実験映画、ヴィデオアート、アニメーション関連の項目がとりわけ充実している。

そんななか、わたしは映画研究の必読書のうち、狭義の映画という枠組みを超えたインパクトをもたらした書籍や論文を一ダースほど取り上げるつもりだったのだが、上に見られるように途中で時間切れになってしまった。

ただ、取り上げてもよいかなと思っていたジャン・ルイシェフェールの『映画を見に行く普通の男』L'Homme ordinaire du cinémaについては、辞典への寄稿後に別途、書評を書く機会に恵まれたので、ここであわせて紹介しておきたい。

ジャン・ルイシェフェール『映画を見に行く普通の男』(現代思潮新社、2012年)書評、『週刊読書人』2951号、2012年8月10日 (ここで全文を見られます)

映画を見に行く普通の男―映画の夜と戦争 (エートル叢書)

映画を見に行く普通の男―映画の夜と戦争 (エートル叢書)

ちなみに、映像カテゴリーで、ほかに項目として取り上げられている書籍・論文は、以下の通り。

松本俊夫映像の発見』(執筆:阪本裕文)
アンドレ・バザン映画とは何か』(執筆:角井誠)
クリスチャン・メッツ『映画における意味作用に関する試論 映画記号学の基本問題』(執筆:角井誠)
ジル・ドゥルーズシネマ』(執筆:角井誠)
テオドール・アドルノ&マックス・ホルクハイマー『啓蒙の弁証法』(執筆:河合政之)
ギー・ドゥボールスペクタクルの社会』(執筆:河合政之)
ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガーメディア論のための積木箱」(執筆:河合政之)
マイケル・シャンバーグ『ゲリラ・テレビジョン』(執筆:河合政之)
ロラン・バルト第三の意味」(執筆:河合政之)
ロザリンド・クラウスヴィデオ ナルシシズムの美学」(執筆:河合政之)
ヴァルター・ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」(執筆:高橋聡太)
マーシャル・マクルーハンメディア論』(執筆:土屋ユリ)

ところで、映画研究に有用な事典は枚挙にいとまがない。日本でも『世界映画大事典』という記念碑的な大全や、英語圏の比較的コンパクトな事典の邦訳である『フィルム・スタディーズ事典』などがある。英語圏では、事典のたぐいは無数に出版されているが、分野ごとに細分化されすぎていたり(それはそれで便利なのだが)、何巻にもおよぶ巨大な企てであったりすることが多いという印象で、いずれにせよ、いかに内容的に豊かであっても、事典の編纂という点に関してはあまり面白味がなく、つねに手元に置いて繙こうという気を起こさせる事典には寡聞にしてまだお目にかかっていない。

世界映画大事典

世界映画大事典

フィルム・スタディーズ事典―映画・映像用語のすべて

フィルム・スタディーズ事典―映画・映像用語のすべて

その点、フランスで出ている2冊の映画事典は、編者たちが映画をめぐる思考の可能性の中心と判断しているものが、収録語の選定という点に注目するだけでも、事典全体から浮かび上がってくるような書物である。2001年に初版が出たジャック・オーモンとミシェル・マリーによる『映画理論・批評事典』(Jacques Aumont et Michel Marie, Dictionnaire théorique et critique du cinéma, Nathan, 2001)は、比較的コンパクトな事典で、わずか400程度の理論的・批評的術語や関連する固有名詞などが、おのおの簡潔に説明されている。全エントリーを2人で執筆していることも相まって、記述の網羅性よりも、著者自身が何を核心ととらえているかがよく分かるという点に本書の面白味がある。

もう1冊は、今年刊行されたアントワーヌ・ド・ベックとフィリップ・シュヴァリエの編纂による『映画思考事典』である(Antoine de Baecque et Philippe Chevallier (dir.), Dictionnaire de la pensée du cinéma, PUF, 2012)。この事典もわずか400程度に厳選されたエントリーから成り、それらは大まかに、概念、理論家、映画作家、映画作品というカテゴリーに四分される。各エントリーの記述は、いわゆる「読む事典」のごとく、70人以上の執筆者のそれぞれの観点を尊重した独立したエッセイの様相を呈している。項目数が少ないので、その選択に偏りがあることは否めないが、逆に言えば、現在のフランスの映画研究が「共通認識」としているものが何なのかがよく分かって項目を眺めているだけでも面白い(編者の一人アントワーヌ・ド・ベックは、そのあたりのバランス感覚は抜群だ)。

なお、辞典/事典ではないが、ダニエル・バンダとジョゼ・ムールの編纂による3冊のアンソロジーも非常に便利な参考文献なので、最後に簡単に紹介しておきたい。『映画:ある芸術の誕生 1895-1920』(Daniel Banda et José Moure, Cinéma: Naissance d'un art 1895-1920, Flammarion, 2008)は、創生期の映画に対する作家、詩人、映画作家、思想家などの反応を集成したもので、3冊のうちでもとりわけ有用だ。続く『映画:ある文明の芸術 1920-1960』(Le Cinéma: L'art d'une civilisation 1920-1960, Flammarion, 2011)も同様のコンセプトに基づくアンソロジーだが、この時期になると特に映画作家の文章は断片的に読んでも物足りないことが多く、むしろふだん映画についてあまり語っていない著者による文章の方が興味深い。今年刊行された3冊目の『映画以前:目とイメージ』(Avant le cinéma: L'oeil et l'image, Armand Colin, 2012)は、今度は「映画」以前の時代に「映画」に通じるアイデアが記されている文章を、プラトンからダ・ヴィンチを経て19世紀末までたどったもので、興味深い記述は多いとはいえ、アンソロジーとしてはやや散漫な印象も受ける1冊である。