les signes parmi nous

堀 潤之(Junji HORI) 映画研究・表象文化論

ジガ・ヴェルトフ集団ボックスの発売

もはや旧聞に属する事柄で恐縮だが、5月末にIVCから発売されたジャン=リュック・ゴダール+ジガ・ヴェルトフ集団 Blu-ray BOXに封入の小冊子に、「ゴダール 1968-1972」という短いエッセイを寄せた。

ジャン=リュック・ゴダール+ジガ・ヴェルトフ集団 Blu-ray BOX (初回限定生産)

ジャン=リュック・ゴダール+ジガ・ヴェルトフ集団 Blu-ray BOX (初回限定生産)

小冊子には他に、黒沢清菊池成孔の両氏によるエッセイと、2010年8月に行われたゴダールとの2時間の対話の採録が丁寧な注釈とともに収められている。後者の対話の映像版は、『JLGとの対話』(Conversation avec JLG)としてボックスにのみ特典として付属している(ちなみに、このボーナスは以前このエントリーで紹介したゴーモンの10枚組のDVDボックスに収められているものだ)。なお、DVD版のボックス(ジャン=リュック・ゴダール+ジガ・ヴェルトフ集団 DVD-BOX (初回限定生産))も同時発売され、同じ小冊子が封入されている。

1967年の末から72年にかけて製作されたゴダールおよびその仲間たちの長編作品は、『ウイークエンド』、『たのしい科学』、『ありきたりの映画』、『ワン・プラス・ワン』、『ブリティッシュ・サウンズ』、『プラウダ』、『東風』、『イタリアにおける闘争』、『ウラジミールとローザ』、『万事快調』の計10本(太字の作品はボックス収録作品で、『たのしい科学』と『ウラジミールとローザ』は日本初DVD化)。未完に終わった『ワン・アメリカン・ムービー』と『勝利まで』のフッテージや、5月革命のさなかに路上で撮られた数々のシネトラクトや、中編『ジェーンへの手紙』も考慮に入れれば、この時期のゴダールたちが一種の袋小路に入り込んでいたとはいえ、恐るべき生産性だ。

ちなみに、小冊子のエッセイでも指摘したことだが、ジガ・ヴェルトフ集団名義による作品は、厳密に言えば『東風』以降の作品に限られる。それ以前に撮られた『ブリティッシュ・サウンズ』と『イタリアにおける闘争』は遡及的にジガ・ヴェルトフ集団作品とされるのが普通で、この時期を締めくくる『万事快調』はゴダール+ゴランの共同監督とクレジットされているが、人脈的にはジガ・ヴェルトフ集団と連続的だ。したがって、『たのしい科学』や『ありきたりの映画』は、通常、ジガ・ヴェルトフ集団作品とはみなされないが、こうした基本的な情報でさえ、少し前の文献だと記述が混乱していることが多い――この時期の作品にはタイトル・シークェンスがないことが多く、そもそも「クレジットの政治学」を攪乱すべく「匿名的」な集団を名乗っていたのだから(実際にはいささかも「匿名」ではなかったが)、生じるべくして生じた混乱ではあるが。

さらに、この時期の作品は、長らく「不可視」の状態にあった。もちろん、日本は『ブリティッシュ・サウンズ』『プラウダ』『東風』『イタリアにおける闘争』がほぼ同時代的に封切られた唯一の国であるのだが、それ以降、ジガ・ヴェルトフ集団期の作品を見る機会はほとんどなかったと言ってよい。わたし自身、この時期の作品に初めて触れたのは、1996年に広瀬プロダクションによって『万事快調』が封切られたときだった。その後、2001年には『東風』がザジフィルムズによってリバイバル上映され、同じ頃、『ブリティッシュ・サウンズ』や『プラウダ』などのブートレグ版がインターネット上で出回るようになった。しばらくその劣悪なファイルで見るしか選択肢がない状態が続いていたが、その時代もスペインのIntermedioからジガ・ヴェルトフ集団期のDVDボックスが出て終止符が打たれた。そして、ついには日本語字幕入りのDVDボックスまで出た。たった15年ほどで映画を見る環境が様変わりしたことを改めて実感させられる。

ゴダールは『映画史』の3Bで「見ることのできない映画こそ、真の映画だった」と語っているが、ジガ・ヴェルトフ集団の映画は、そのような意味では特権的なまでに「真の映画」だった。すべてが手軽に見られるようになったいま、神秘は剥ぎ取られ、「真の映画」のステータスもまた失われた。そのことには一抹の寂しさを覚えないでもない――それによって作品ときちんと向かい合う道が整備されたとはいえ。もちろん、この寂しさは、視聴テクノロジーが発展するたびに多くの人々によって反復されてきた平凡な感情にすぎないのだが(苦労して映画館でようやく見ることのできた作品が、あっけなくビデオ化されたときの失望)、それでもなお、不可視のものの飽くなき探求は、ある時期のシネフィルたちの習性である以上に、映画を見るという体験のどこか本質的な部分に触れているような気がしてならない。

話は変わるが、ゴダール関連の出版物で、この秋、最も注目すべきは、『真の映画史への序説』の英訳版の刊行だろう(Jean-Luc Godard, Introduction to a True History of Cinema and Television, trans. Timothy Bernard, Montreal: Caboose, forthcoming)。ゴダールが1978年にモントリオールで行った連続講義を採録した1980年のフランス語版(Introduction à une véritable histoire du cinéma, Albatros, 1980)は、最近文庫化されたすぐれた日本語訳を含め、すでにドイツ語、イタリア語、中国語などで刊行されているが、これまで英語では出版されていなかった。しかも、このたび刊行される英語版は、フランス語版を単に訳したものではなく、コンコルディア大学に残されていた連続講義のアーカイヴ資料を参照して、聴衆から随時投げかけられるゴダールへの質問も含めて、講義の雰囲気を可能な限り忠実に再現した決定版とも言うべきものなのだ。訳者のティモシー・バーナードは、数年前にアンドレ・バザンの『映画とは何か』の新訳による選集を手がけた人物でもあり、おそらく彼が個人で運営している独立系出版社cabooseの今後のラインナップも楽しみだ。

ゴダール 映画史(全) (ちくま学芸文庫)

ゴダール 映画史(全) (ちくま学芸文庫)