les signes parmi nous

堀 潤之(Junji HORI) 映画研究・表象文化論

ゴダールの『イメージの本』覚書(1) イントロダクション

 以下に掲載するのは、ラジオ関西の30分の番組「シネマキネマ」で2019年4月27日27時から放送された内容のうち、わたしが語った部分の書き起こしである(一部、補足した箇所もある)。

 全体がゴダールの新作紹介にあてられたこの回では、『イメージの本』の全体像を大づかみに理解できるようなイントロダクション的な内容を目指したつもりである。

 取材時にわたしがたどたどしく語った内容は、番組ディレクターの吉野大地氏の「手」によって巧みな編集を施されており、さも淀みなく語り下ろした格好になっている(ゴダールに倣って、切り貼りした「手」の触感が残るような、ざらついた編集にあえてしたという!)。また、実際の番組では、採録部分に先だってナヴィゲーターの山本せりか氏による導入があり、セクション毎にも的確な合いの手が差し挟まれている。両氏には最大限の感謝を捧げたい。番組のご厚意で、ここでは割愛したナレーション部分を含むポッドキャスト版を特別に作っていただいたので、ぜひ改めてお聞きいただきたい。

 なお、昨年、『イメージの本』の本篇の公開前に予告篇だけを見て書いた本ブログの記事「ゴダール新作『イメージの本(Le Livre d'image)』予告篇についての覚書」もある。また、今回ラジオで語った内容をさらに発展させた『イメージの本』論を、批評誌『ヱクリヲ』10号に「ピクチャレスク・ゴダール――『イメージの本』における「絵本」の論理」として寄稿している。これらも併せてお読みいただければ幸いである。

ヱクリヲ vol.10 特集I 一〇年代ポピュラー文化――「作者」と「キャラクター」のはざまで 特集II A24 インディペンデント映画スタジオの最先端

ヱクリヲ vol.10 特集I 一〇年代ポピュラー文化――「作者」と「キャラクター」のはざまで 特集II A24 インディペンデント映画スタジオの最先端

  • 作者: 高井くらら,横山タスク,伊藤元晴,山下研,さやわか,西兼志,得地弘基,難波優輝,楊駿驍,横山宏介,堀潤之,小川和キ,伊藤弘了,佐久間義貴,村井厚友,福田正知
  • 出版社/メーカー: エクリヲ編集部
  • 発売日: 2019/05/10
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る

「手で考える」

 『イメージの本』(2018)の冒頭ではゴダール自身のナレーションで、次のようなことが語られます。「5本の指があって、指が合わさると手ができて、そして人間の真の条件とは手で考えることだ」という、少し謎めいたナレーションからこの映画が始まるんですね。手で考えるとはどういうことなのか、それは端的に言えば編集するということです。実際の映画の冒頭部分がどういう映像の連なりになっているのかというと、まず映画のメインビジュアルでもあるダ・ヴィンチが描く《洗礼者ヨハネ》の天を指し示す指が出てきて、次いでフィルム片をモンタージュする手が出てきます――これはゴダール自身の『リア王』(1987)からの引用で、手の主は実はゴダールではなくてウッディ・アレンなんですけれども――。それから、様々な映画から手の映像が引用されて連なっていきます。ジャコメッティの彫刻の手なんかも出てくる。こういう風に既存の映像の断片を編集することで、このプロローグ部分のみならず映画のほぼ全体が出来上がってる。そういう意味で、『イメージの本』は「手で考える」ことを徹底した編集の映画だとまずは言えると思います。

f:id:tricheur:20180408145322j:plainf:id:tricheur:20190510105517j:plain

 ゴダールは、1998年に完成した『映画史』(1988-98)でも似たような映像のコラージュを行っていました。『映画史』完成後、ゴダールは再び物語を撮るようになって、たとえば『愛の世紀』(2001)でも、『アワーミュージック』(2004)でも、『ゴダール・ソシアリスム』(2010)でも、前作の『さらば、愛の言葉よ』(2014)でも、俳優を使った物語がある程度は展開されていました。今回はそういった物語的な要素がほとんどなく、いわば『映画史』に回帰したようなかたちで、映像のコラージュだけによって映画全篇が作られています。『映画史』に比べると、映像のコラージュの密度はよりシンプルになっていると同時に、かえって力強いものにもなっているように思います。

「5+1」という作品の構造

 『イメージの本』は映像のコラージュだけで成り立っていますので、映画の構造を把握することが見るときには重要です。5本の指ということでこの『イメージの本』は5章構成だと思われがちですし、私自身もずっとそう考えてきたんですけれども、いま申し上げたようにゴダールは「5本の指があり、指が合わさると手がある」と言っていますので、実は「5+1」の6セクションから成っているんじゃないかと思います*1

 上映時間としては5本の指を合わせた5つの最初のセクションで前半が構成され、残りの「手」の部分である6番目のセクションでだいたい後半が構成されています。『イメージの本』の上映時間は84分ぐらいですので、5本の指の部分でだいたい40分強、それから手の部分で同じく40分強あるということになります。

 各セクションの主題を簡単に紹介すると、5本の指の一本目は「1 リメイク」と題されていて、映画史が広い意味でのリメイクの連鎖で成り立っていて、現実世界もまた映画のリメイクで成り立っているという仮説が提示されます。

 2番目のセクションは「2 ペテルブルク夜話」と題されていまして、ここでの主題はひと言で言うと戦争です。19世紀初頭にカトリックの思想家で反革命の立場をとっていたジョゼフ・ド・メーストルという人がいるんですけれども、この人が書いた『サン・ペテルスブルグの夜話』(1821年刊行)という本がタイトルの由来になっていて、ゴダールはその本の中からド・メーストルが展開する特異な戦争論を引用しています。

 第三セクションのテーマは列車です。ここでは様々な映画からの列車のイメージが自由連想に従って繋ぎ合わせされています。ドイツの詩人リルケから取られた、「3 線路の間の花々は旅の迷い風に揺れて」という少し詩的なタイトルが付けられてます。

 4番目のセクションはモンテスキューに由来する「4 法の精神」というタイトルです。ここでは、「法」というやや抽象的な概念をめぐる様々な映像の断片が繋ぎ合わされていて、全体としては「法」についての思考が映像のコラージュを通じて展開されています。

 5番目のセクションは「5 中央地帯」。これはマイケル・スノウが1971年に撮った伝説的な実験映画からそのままタイトルを取っています。実際、『中央地帯』からの抜粋も最初に出てきますが、ここではソ連のアレクサンドル・ドヴジェンコの『大地』(1930)から、主人公とその許嫁の非常にフォトジェニックな映像が出てきて、このセクションは数分で終わるものと考えられます。

 後半を占める6番目のセクション、「手」としてのセクションの主題は「アラビア」で、「幸福のアラビア」という字幕も出てくるのでそれがタイトルであると考えられます。エジプト出身のフランス語の作家アルベール・コスリーの小説『砂漠の中の野望』が長く朗読されるなか、中近東の映画からの多数の引用でもって、アラビアをめぐる一種の映像詩のようなものが展開されるセクションになっています。

1. リメイク

 ゴダールは、「リメイク」と「韻を踏むこと」を結びつけています。フランス語で押韻のことをリーム(rime)というわけですが、リメイクとリームを合わせた「RIM(AK)ES」という文字列が第一セクションの途中で出てきます。そのような形で韻を踏むような映像を連想によって繋げていくのがこのセクションのみならず『イメージの本』全体を貫く主たるロジックと言えるでしょう。

 このセクションでは、たとえば複数の映画の似たシチュエーションのシーンを結びつける事例もたくさん出てきます。ニコラス・レイの『大砂塵』(1954)の有名なシーンの後にゴダール自身の『小さな兵隊』(1960)の少し似たシチュエーションが出てくる。あるいは、ロベルト・ジオドマーク/エドガー・G・ウルマーの『日曜日の人々』(1930)とジャック・ロジエが撮った短編の『ブルー・ジーンズ』(1958)がシチュエーションの類似性を介して続けて出てきたりします。こういう繋ぎは、通常の意味でのリメイクに近い事例だと思います。

 さらに単なる連想に近い繋ぎも、このセクションにはたくさん出てきます。一番目覚ましいのは、水のモチーフを介して、ヒッチコックの『めまい』(1958)とか、フランク・ボーゼーギの『河』(The River, 1929)とか、ジャン・ヴィゴの『アタラント号』(1934)のシーンが連鎖していく箇所でしょう。

 しかし、おそらく一番刺激的なのは、現実とフィクションをまたいで何らかの押韻、ないし何らかのリメイクがなされている箇所だと思います。たとえば、セクションの冒頭に原水爆実験の映像が出てくるわけですけれども、それがロバート・アルドリッチの『キッスで殺せ』(1955)のラストシーンにおける忘れがたい爆発と結びつけられる。あるいは、ロッセリーニの『戦火のかなた』(1946)でパルチザンポー川に突き落とされるシーンに続いて、現在のいわゆるイスラム国の処刑のシーンが続く箇所などがそれに当たるでしょう。

2. ペテルブルク夜話

 このセクションで中心的に取り上げられるジョゼフ・ド・メーストルは、フランス革命の時代のカトリックの思想家で、しかも強烈に反革命の立場を取っていた人です。1802年から17年までサルデーニャ王国の外交官のような立場で当時のロシアの首都であるサンクトペテルブルクに派遣されていた人物なんですね。

 これまでのゴダールでド・メーストルが引かれたことはおそらくなかったと思いますし、さらに言えばなぜド・メーストルが突然出てくるのか、不思議に思う方も多いと思います。私の考えでは、たぶんトルストイを経由してド・メーストルに行き着いたのではないかと思っています。ゴダールは、『アンナ・カレーニナ』(1873-77)とか『戦争と平和』(1864-69)といった小説をおそらく好んでいて、よく話題に出しますし、トルストイの時代にはド・メーストルは結構読まれていて、実際、彼が『戦争と平和』を執筆していた時にも、かなりしっかりとド・メーストルの本を読み込んでいたと伝えられています。ですから、トルストイを経由してド・メーストルという新たな思想家が出てきたのではないかと思います。実際、このセクションの映像は、セルゲイ・ボンダルチュクの超大作映画『戦争と平和』(1965-67)からいくつかのシーンが引用されることによって始まっています。

f:id:tricheur:20190507225021j:plainf:id:tricheur:20190507225026j:plain

 このセクションでは、ド・メーストルが『サン・ペテルスブルグの夜話』*2で展開する特異な戦争論が、彼の肖像画なんかも出されながら、比較的丁寧に紹介されていきます。ド・メーストルは、人間を含めた生き物は不可避的に殺戮を行っている、つまり食べるために動物を殺すようなことをどんな生き物も行っている、したがって、大地全体が殺戮の巨大な祭壇であると捉えていて、戦争という行為も世界の法則そのものであるがゆえに神的なものであると考えていました。そのド・メーストルの考えを絵解きするような数々の災厄の映像が、このセクションでは多々引用されていくことになります。アンドレ・マルローの『希望』(1938-39)であるとか、ロッセリーニの『無防備都市』(1945)といった映画も引用されますし、溝口健二の『雨月物語』(1953)で水戸光子が暴行されるシーンもこのセクションに出てきます。

 振り返ってみると、『アワーミュージック』の冒頭の10分ぐらいのセクション《地獄篇》も、災厄の映像をたくさんコラージュしたセクションでした。『イメージの本』のこのセクションは、その『アワーミュージック』の冒頭の10分を引き継ぎつつ、そこにド・メーストルという特異な思想家の言説を追加したものと捉えられるでしょう。

3. 線路の間の花々は旅の迷い風に揺れて

 このセクションは、列車が出てくる様々な映画からの引用がまさに自由連想によって連なっていく、とても楽しいセクションです。最初の方にジャック・ターナーの『ベルリン特急』(1948)が出てきて、非常に印象的な横移動で登場人物が紹介されていくシーンも出てきますし、映画史の様々な局面から多数の映画が引用されています。日本ではマイナーかもしれませんが、ドキュメンタリー映画の古典的傑作と言われているヴィクトル・トゥーリンの『トゥルクシブ』(Turksib, 1929)という映画があって、このトルキスタンシベリア鉄道の敷設の模様を描いたドキュメンタリー映画も何箇所かにわたって引用されています。他にも自作からはたとえば『フォーエヴァー・モーツアルト』(1996)の列車のシーンが出てきたり、おそらくゴダールが初めて引用したテオ・アンゲロプロスからは、『霧の中の風景』(1988)で幼い姉と弟が列車に乗り込もうとするシーンが引かれます。ストローブ=ユイレの『シチリア!』(1999)も引かれますし、セクションを締め括るのはマックス・オフュルスの『快楽』(1952)で、都会に戻っていくダニエル・ダリュージャン・ギャバンが見送るシーンが、非常に壮麗な移動撮影によって捉えられています。

 ウィリアム・ウェルマンの1930年代のプレ・コード期の佳作『家なき少年群』(1933)からは、主人公の友人が列車に轢かれて足を切断する羽目になるというちょっと不吉なシーンも出てくるんですが、全体としては列車が映画にもたらす運動感への幸福なオマージュが捧げられているセクションだと思います。

 このセクションの大きな特徴としてはもう二つほど挙げられると思うんですけれども、一つは実験映画が多く含まれているということです。ここで引かれている実験映画は、おそらく本作の協力者の一人である映画研究者ニコル・ブルネーズがもたらしたものだと思われ、セクションの冒頭ではアル・ラズティスというカナダの実験映画作家リュミエール兄弟の『列車の到着』をいわばより迫力があるような形に改作した『リュミエールの列車』(Lumière's Train, 1979)という映画が引かれています。ちなみに、それに先立ってホームにいる女の子が到着する列車を見て驚くショットが差し挟まれていますので(後にこのホームビデオからの映像だと知った)、これはリュミエール兄弟の『列車の到着』を見た当時の観客が、現実の列車と取り違えて思わず逃げ出したという有名な神話を踏まえているのでしょう。またセクションの最後の方では、イームズ夫妻の『おもちゃの汽車のトッカータ』(1957)とかジャック・ペルコントというフランスの若手の実験映画作家の『火の後』(Après le feu, 2010)という映画も引かれています。この『火の後』は、列車の先頭から捉えた映像が次第にサイケデリックな色調に変化していくという実験映画なんですけれども、列車がもたらす知覚の変容――そもそも列車が登場したときに、人々は列車がもたらす知覚に驚いたわけですが――を現代風に再び考察したもののようにも思われます。ゴダールが実験映画を引用することはこれまであまりなかったんですけれども、他の古典的な映画と違和感なくうまく溶け込んでいる印象を持ちました。

f:id:tricheur:20190507231323j:plainf:id:tricheur:20190507231329j:plainf:id:tricheur:20190507231336j:plain
 もう一つの特徴としては、アウシュヴィッツの不在が挙げられると思います。少なくとも、『映画史』以降のゴダールにとって、列車とはアウシュヴィッツに向かう列車のメタファーという役割を往々にして担っていました。『映画史』では間違いなくそうでしたし、『愛の世紀』ではパリ郊外のドランシーにある路面電車の駅が出てくるんですけれども、ドランシーはフランスからアウシュヴィッツに移送される人々が一時的に収容される収容所があった場所で、要するに収容所の記憶とドランシーという地名が結び付けられていたわけです。そうしたアウシュヴィッツのメタファーとしての列車のモチーフがこのセクションでまったく見られないのは非常に興味深いことです。
f:id:tricheur:20190508091206j:plainf:id:tricheur:20190508091212j:plain

4. 法の精神

 このセクションは、私の考えでは第二セクションと対になっているものです。ジョゼフ・ド・メーストルが戦争を「世界の法則」とみなしたのに対して、ここでゴダールモンテスキューを梃子にして、別種の「法」がありうるのではないか、という考察を試みているのだと思います。つまり、世界の悲惨さをただ是認するような「法則」ではなく、暴力を制御するものとしての「法」を新たに制定することに関心が寄せられているのではないか。

 だからこそこのセクションでは、様々な次元の「法」にまつわる映像のコラージュが展開されるなかで、特に「革命」の契機に重点が置かれています。「革命」とは、それまでの「法」を廃棄して、新たな「法」を作り上げるという出来事でもあるからです。実際、このセクションは1871年パリ・コミューンを疑似ドキュメンタリー的に再構築したピーター・ワトキンスの映画『ラ・コミューン(パリ、1871年)』(La Commune (Paris, 1871), 2000)で始まり、後半ではテレビ映画から取られたロベスピエールの演説が登場する。ほかにも、たとえば反マクロン・デモの様子をとらえたニュース映像や、ソ連の反体制的な歌手ウラジーミル・ヴィソツキーがしゃがれ声で歌う《オオカミ狩り》といった要素も、「革命」とまでは言えないものの、既存の「法」の支配から逃れようとする動きを表していると解釈できます。

 以上を踏まえますと、このセクションで最も印象的な引用は、ジョン・フォードの『若き日のリンカーン』(1939)ではないかと思います。ヘンリー・フォンダ演じる若きエイブラハムは、通りすがりの一家から樽に入った書物一式を譲り受けて、その中にたまたま入っていた法律書に興味を惹かれ、ゼロから「法」を発見していくことになる。ゴダールがここでやろうとしているのも、まさに同じこと、つまり「法」の別のあり方をゼロから探っていくことであるように思われます。

5. 中央地帯

 ゴダールによれば、このセクションのテーマは「男女間の愛」ということになっています。これは非常に意外な感じがします。というのも、セクションの冒頭で引かれるマイケル・スノウの実験映画は、男女間の愛とは何の関係もないからです。しかし、ゴダールはどうやら本気で、「愛」(ここでの「愛」は異性愛に限られるのですが)こそが人間にとっての「中央地帯」であると考えているふしがあります。

 実際、ゴダールのフィルモグラフィを振り返ってみますと、彼にはベタな意味でリリカルな側面があると思います。長篇第一作の『勝手にしやがれ』(1959)にしても、1980年代の傑作『カルメンという名の女』(1983)にしても、ストーリーとしては男女の愛の不可能性がテーマになっているわけです。

 『イメージの本』のこのセクションの中心を占めているドヴジェンコの『大地』のカップルも、実は同じテーマに連なっています。というのも、ここで引かれているのは主人公の男とその腕の中にいる許嫁を交互に捉えたフォトジェニックな映像ですが、元々の『大地』のストーリーでは、このカップルの男の方は、すぐ後のシーンで何者かに射殺され、女の方はそれが原因で気が狂ってしまいます。こうしたストーリー展開を踏まえれば、これは成就することのない愛なわけです。

 もう一つ、この『大地』のカップルが、『イメージの本』の中では上映時間にしてちょうどほぼ真ん中に位置していて、いわば本作の「中央地帯」を占めていることも付け加えておきたいと思います。

幸福なアラビア

 これまでのゴダールにおいて、アラブといえばパレスチナのことでした。ゴダールは1970年にパレスチナで映画を撮ろうとして以来――その映画は困難な編集過程を経て、およそ5年後に『ヒア&ゼア』という重要作として結実する――、今に至るまでずっと親パレスチナ的で反シオニズム的な立場を取っており、そのせいで時おり反ユダヤ主義者という言いがかりをつけられてもいる人なんですね。

 ところが、『イメージの本』では、わずかに『ヒア&ゼア』(1974)からマフムード・ダルウィーシュの詩を朗読する少女の声が引かれるくらいで、それを除けばパレスチナはほとんど出てこない。

 では、この作品のアラビアとは何なのか、ということですけれども、ひと言で言えば、劇中に何度も引用されるパゾリーニの『アラビアン・ナイト』(1974)のようなアラビアなのではないかという気がします(以下の写真は、同作品よりの数々の引用)。つまり、「千夜一夜物語」的な、いわばお伽のようなアラビア、さらに言えば、現実から遊離した「幻想のアラビア」が形作られているのではないか、という気がするんですね。

f:id:tricheur:20190508101225j:plainf:id:tricheur:20190508101208j:plainf:id:tricheur:20190508101215j:plain
f:id:tricheur:20190508101500j:plainf:id:tricheur:20190508101233j:plain

 といいますのも、確かにこのセクションではオーセンティックな、チュニジアをはじめとするマグレブの映画も引かれていますし――たとえば、ナーセル・ヘミールの作品は幾つも引かれています――、エジプトのユーセフ・シャヒーンも引かれ、シリアの巨匠と言われるモハマッド・マラスの作品も引かれている。でも、それと同時に、アラビア世界を舞台にした西洋の映画も引かれていて、それらが混ぜ合わせられているわけです。そうした意味で、オーセンティックなアラビア映画を引いてはいるものの、ゴダールが表象するアラビアがどうしても「幻想のアラビア」のように見えてしまうということがあると思います。

 ゴダールはこのセクションの中で、エドワード・サイードを引用しています。サイードはかつて『オリエンタリズム』で、西洋がイスラム世界を中心とする非西洋に誤解に満ちた眼差しを投げかけていることを批判したわけです。しかし、ここでのゴダールのアラブ世界の扱いは、サイードが批判したオリエンタリズム的な視線を免れていないのではないか、という気もします。

 とはいえ、ゴダールが『イメージの本』のために、比較的新しい中近東の映画を大量に見て、それをみずからのコーパスに取り入れようとしたことは間違いありません。かつてゴダールが20世紀末に仕上げた『映画史』には、ゴダール以降の映画はほとんど出てこないことで批判されもしましたが、それに比べると、80歳代後半のゴダールがここからさらに新たなスタートを切ろうとしていることには感銘を受けざるをえません。

*1:以下にみるように、5本の指に相当するセクションには番号が振られ、「手」としてのセクションには番号が振られていないので、本作を5部からなると考える方がむしろ自然である。しかし、本作の密接な協力者であるファブリス・アラーニョも、ニコル・ブルネーズも、本作は6セクションからなると明言している(それぞれのリンク先の動画を参照)。

*2:原書は、フランス国立図書館のGallicaで各版が閲覧可能(https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k6537390v)。半世紀前の邦訳(https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA45365265)は入手困難だが、国立国会図書館デジタルコレクションで、図書館向けデジタル化資料送信サービスが利用できる(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1708159)。

ロラン・バルトの未邦訳の映画論

 ロラン・バルトと映画の関係については、日本では『ロラン・バルト映画論集 (ちくま学芸文庫)』や『映像の修辞学 (ちくま学芸文庫)』といった独自のアンソロジーによって、比較的よく知られていると思う。『戦艦ポチョムキン』のスチル写真を論じた「第三の意味」や、ユニークな映画館論である「映画館を出て」といったテクストを白眉とする彼の量的にさほど多くはない映画・映像論も、そのほとんどが邦訳されている。

 だが、管見の限り一篇だけ、未邦訳にとどまっているばかりか、仏語版の全集に収められてすらいないテクストがあり、ここでその試訳をお目にかける。これはマリオ・ルスポリ(1925-86)監督がロゼール県の農民たちを被写体にして撮った『大地を耕す無名の人々』Les Inconnus de la terre (1961)をめぐる寸評である(ただし、これは文字通りの寸評であり、これを読んでバルトの映画観が更新されるといった類いのものではないことをお断りしておく)。

 このイタリア出身のドキュメンタリー作家は、クリス・マルケルと共同製作した捕鯨についての作品『鯨ばんざい』Vive la baleine (1972)で最もよく知られているだろう(この短篇は、ここで視聴できる)。なおマルケルは、ルスポリの最初の短篇『鯨の人々』Les hommes de la baleine (1956)にもコメンタリーを提供している。

 ルスポリは、『狂気についての眼差し』Regard sur la folie (1962)で、初めて精神病院の中にカメラを持ち込んだとも言われており(たしかにフレデリック・ワイズマンの『チチカット・フォーリーズ』にも5年先駆けている)、ジャン・ルーシュ、ミシェル・ブロー、ピエール・ペローなどと並んで、いわゆる「シネマ・ヴェリテ」の重要な担い手と目されている。その全貌は、フランスでは以下のDVDで手軽に確かめることができる。

 バルトによるこの短評の存在は、フィリップ・ワッツの遺稿に基づいて編まれた好著Le cinéma de Roland Barthes : Suivi d'un entretien avec Jacques Rancièreに「付録」として再録されているのを読んで知った(本書には、英語版Roland Barthes' Cinema (English Edition)もある)。初出は、映画公開時にアルゴス・フィルムが作成した冊子であるそうだが、わたしが確認できたのは、『Artsept』誌の「映画と真実」特集号への再録である(Artsept, nº 2, avril/juin 1963, p.76)。該当ページの写しを本エントリー末尾に掲げておく。ちなみに本誌は、まだ20代だったレーモン・ベルールが1963年にリヨンで創刊した雑誌で(3号で終刊)、この第2号はヴェルトフ、イヴェンスに始まり、ロバート・ドリュー、リーコック、フリー・シネマ、ルーシュ、ルスポリ、マルケルなどを取り上げている。

 

マリオ・ルスポリ『大地を耕す無名の人々』への序言

堀潤之訳

 

 貧農について語るのは容易なことではない。彼らは誠実すぎて物語の主人公にはなれないし、そうは言っても地主なので、プロレタリアートとしての政治的威信も持っていない。彼らは神話的なまでに恵まれない階級なのである。

 この報いるところの少ない、厄介な主題について、マリオ・ルスポリは、ミシェル・ブローとジャン・ラヴェルの助力を得て、公正な映画を作ることができた。啓発的にして魅惑的な映画である。彼の映画は、現実に行われた調査である。というのも、ルスポリは農民たちに語らせており、彼らの直接的で具体的な言語を通じて、今日のフランスにおいて農民が抱えている一般的な諸問題が指摘されるからだ――つまり、収入の乏しさ、技術の遅れ、若者と老人の対立、集団と個人の衝突、生活条件の改善への要求と結びついた自由への要求。私たちの目前で、階級意識が芽生え、みずからを語るのである。

 しかしながら、この公正な映画は、主題の誘惑にもかかわらず、陰鬱な映画ではない。ある味わい、熱烈さ、明晰さが、映像、事物、台詞を通じて行き交っており、相互的な信頼が、カメラと人物や風景の間、質問する側と質問される側の間に生き生きとした震えをもたらしている。私たちがここで何も見世物であるとは感じず、これら真実の映像を信頼と悦びと有益さをもって眺めるのは、おそらくそのためである。

 

f:id:tricheur:20180715130138j:plain

 

ジョルジョ・アガンベンのゴダール論

 岡田温司氏の『アガンベンの身振り』(月曜社、2018年)によれば、ジョルジョ・アガンベンの映画論は6本の短いエッセイに限られる。そのうち、未邦訳にとどまっていたゴダール論をここに訳出する。

 このゴダール論は、もともとはベルナール・エイゼンシッツの企画により、1995年8月6日、11日、12日にロカルノ映画祭の最中に開催された『(複数の)映画史』Histoire(s) du cinémaをめぐる大規模なシンポジウムで読まれたものである。1988年に最初の2章(1A、1B)が完成した『(複数の)映画史』は、この時点では3Bまで出来上がっていた(本作の概要については、この解説を参照してほしい)。とはいえ、登壇者たちの全員が最新のエピソードまで見ているというわけではなく、内容から判断して、アガンベンもおそらく最初の2章しか見ていないと思われる。

 このシンポジウムの一端は、同年10月6日付けの『ル・モンド』紙で紹介された。主に書評を扱った別冊のX-XIページ見開き全体を使って、リード文に続き(リンク先では、この部分のみ全体が無料で読める)、左ページにはフロランス・ドゥレマリ=ジョゼ・モンザンジャン・ナルボニ、右ページにはジャック・ランシエールジョルジョ・アガンベンの発表が採録され、両ページのいくつかの箇所にちりばめられる形で、ゴダールの発言も紹介されている。

 ただし、以下に訳出するのは、『ル・モンド』に載った採録ではなく、3日間にわたるシンポジウム全体を細大漏らさず採録した私家版のタイプ原稿(A4判109頁)のうち、アガンベンの発表に該当する部分(74-76頁)である。『ル・モンド』掲載のものと全体の主旨に変更はないが、こちらの方が補足説明等を多く含み、およそ2倍の分量がある。以下では、『ル・モンド』版に使われている部分を太字にしている(ただし、多少表現は変わっているので、厳密に対応しているわけではない)。なお、採録には多少のミスや、文意不明瞭な箇所があるが、アガンベンの手が入っていると思われる『ル・モンド』版を参考に、適宜、意を汲んで修正していることをお断りしておく。

 シンポジウムの登壇者たちを記しておこう。3日間ともジャン=ミシェル・フロドンがモデレーターを務め、ベルナール・エイゼンシッツが通訳として同席している。1日目(8月6日)の登壇者は、フロランス・ドゥレ、アンドレ・S・ラバルト蓮實重彦、ジョナサン・ローゼンバウム。名前の判明しているフロアからの発言者には、ノエル・シムソロもいる。

 2日目(8月11日)の登壇者は、ゴダール、ルート・ベッカーマン、マリ=ジョゼ・モンザン、ナウム・クレイマン、ジャック・ランシエール。こんな豪華なメンバーが同じ場に居合わせたのは、もちろん、これが最初で最後だろう。

 3日目(8月12日)に登壇したのは、アガンベンのほか、アドリアーノ・アプラ、アデミール・ケノヴィッチ、ダニエル・リンデンベルク、ジャン・ナルボニ。フロアからの発言者のなかには、モンザン、ルイ・スガン、ランシエール、ドミニク・パイーニ、シムソロ、レーモン・ベルール、蓮實重彦、ドゥレ、セルジュ・トゥビアナらの名前が確認できる。

ゴダールの『(複数の)映画史』をめぐるラウンドテーブルにおけるジョルジョ・アガンベンの発言(1995年)

堀潤之訳

 ゴダールの仕事の主要なテーゼのひとつと思われることから話を始めたいと思います。それは、歴史と映画の間にある本質的で、構成的なと言ってもいい繋がりというテーゼです。その繋がりは偶然的なものではなく、本質的なもので、これは真面目に取らなければならないテーゼでしょう。[直前の発表者であるアドリアーノ・]アプラがドゥボールの名前を引いたのを嬉しく思います。というのも、ドゥボールは、映画が根本的に歴史的な性格を持っているという同じ直観に突き動かされて映画を撮っていて、彼の映画にはゴダールが『(複数の)映画史』で行った仕事と多くの接点があるからです。驚くべきことに、時には同じ抜粋が引用されてさえいます。特に挙げるとすれば、たとえば『大砂塵』がそうです。
 さて、私が提起したかった問いは、この繋がりがどこから来るのか、映画はどのような歴史的責務を持っているのかというものでした。何よりもまず、どのような歴史が関わっているのでしょうか。というのも、きわめて特殊な歴史、メシア的な歴史が関わっているからです。ところで、メシア的な歴史はきわめて特別な歴史で、年代順の歴史ではなく、まずは救済と関係のある歴史、救済の歴史です。つまり、何かを救済しなければならず、何か救済すべきことがあるのです。次いで、それは終末の歴史[une histoire terminale]です。それは、歴史の各瞬間が終止符であるような、そこを通ってメシアが入ってくる小さな門であるような歴史なのです[ベンヤミン「歴史の概念について」参照]。
 そういうわけで、ゴダールがしているのは、まず歴史を、映画と歴史を、そのメシア的な次元に置くことであるように私には思えます。彼はそのことをかなりはっきり語っているとさえ思います。『映画史』の最初の一翼[1B]には、ごく単純にグノーシス神学であるような文章さえあります。ゴダールは「イメージは〈復活〉の時にやって来るだろう」と言います。すなわち、キリスト教的、ユダヤ教的、あるいはマニ教的なグノーシスの古典的なテーゼです。なぜなら、それらのグノーシスはいずれも、イメージを〈復活〉の要素そのものとして構想しており、再び姿を現すものは、エイドス、つまりイメージだからです。人はイメージを介して救済されることになるし、みずからのイメージを見ることは救済されることを意味します。したがって、ここでゴダールが引いているのは、ごく単純にメシア的神学なのです。ゴダールはつまり、イメージをその歴史的な、すなわちメシア的な身分へともたらしています。ですから、この『(複数の)映画史』を定義づけなければならないとしたら、それは映画のアポカリプスであると言いたい。これが映画を千年間、支配しているものなのです[『ヨハネの黙示録』20章参照]。それとは別に、ロールのゴダールがパトモス島にいる聖ヨハネのようだと言いたいわけではありませんが、いくつかの論点をはっきりと主張しておきます。第一の論点は、いわば、陰鬱なもの、破局的なもの[catastrophique]という意味でのアポカリプス的な側面ということです。ご存じのように、ユダヤ的伝統では、メシアが到来する日は、人が最も望んでいるものであると同時に、人が最も怖れているものでもあります。聖なるラビの逸話では、彼は毎日、メシアの到来を待ち構えつつ、同時にこう言って祈ります。「神よ、私がその日を見ないようにしてください。なぜなら、それはこの上なくおぞましい破局の日なのですから。メシアが到来する時間ほど、その日ほど不吉な時はありません」、と。次いで、『(複数の)映画史』はこの言葉のもう一つの、より字義的な意味、つまり啓示[révélation]という意味でも映画のアポカリプスなのです。アポカリプスは、啓示を意味します。『(複数の)映画史』は、映画の啓示、映画による映画の暴露[dévoilement]のようなものです。
 では、この点を解明していくことにしましょう。ゴダールが映画のアポカリプスを行っていると言うとき、私は何を言おうとしているのでしょうか。イメージはどのようにこのメシア的な力を獲得するのでしょうか。セルジュ・ダネーは、モンタージュによって、と言いました。彼によれば、『(複数の)映画史』におけるゴダールのテーゼは、映画が探し求めていたのはモンタージュという一つの事柄だけであり、この事柄を20世紀の人間はひどく必要としていた、というものです。よいでしょう。しかし、こうした展望において、モンタージュとは何でしょうか。いやむしろ、モンタージュの可能性の条件とは何でしょうか。哲学では、カント以来、可能性の条件のことを超越論と呼んでいます。私はここで、映画の超越論とは何か、という問いを提起したいのです。モンタージュの可能性の条件とは何か。この条件は、少なくとも二つあります。第一に反復であり、第二に停止です。『(複数の)映画史』では、ゴダールは映画の超越論、映画の可能性の条件に光を当てているように思います。私たちは映画史のある段階にまで達しています。その点で、アプラと同じく、私もある種の大いなる新しさがあると思います。それは映画がその超越論、その可能性の条件を示し、顕示しているということなのです。
 反復とは何でしょうか。ご承知のように、近代には偉大な反復の思想家が少なくとも四人いました。キルケゴールはもちろん、ニーチェハイデガージル・ドゥルーズです。彼らは皆、反復において問題なのは同一のもの[l’identique]ではないことを示しました。反復において再来するものは、同一のものではありません。反復とは、かつてあったものの可能性の回帰です。それこそが、反復の大いなる新しさです。再来するものは、可能的なものとして再来するのです。復元は、過去にその可能性――失われてしまったと思われるもの、過去が失ったと人々が考えているもの――を取り戻させます。違うのです。反復はまさに、過去が可能的なものとして再来するということを私たちに示すためにあるのです。反復と記憶[la mémoire]が近しいのはそのためです。というのも、思い出[un souvenir]とは、かつてあったものが可能的なものとして回帰することでないとしたらいったい何でしょうか。そういうわけで、反復の最初の定義を与えることができるでしょう。反復とは何かと言えば、それはかつてなかったものの思い出なのです。ですが、私が思うに――皆さんに同意していただけるかどうか分かりませんが――、これは映画の定義そのものでもあります。というのも、映画とは、かつてなかったものの思い出でないとしたらいったい何でしょうか――この語のあらゆる意味において、私たちがある映画を見るときに受ける印象においてさえ。さらに、メディアが行っているのはそれとは反対のことで、同じ手段を使いながら、つねに事実をそれが持つ可能性ぬきで与えます。メディアが与えるのは、反復することができない事実、それに対して人が無力であるような事実です。メディアの圧政が好むのは、憤慨しているけれども無力な市民たちです。メディアの圧政はこのように彼らを好み、映画の逆を行っているのです。ゴダールはここで何をしているのか。彼は私たちに対して、かつてあったものを再び可能的なものにしています。反復はこうして構成上の規範になることができるのです。
 第二の要素は、停止、ヴァルター・ベンヤミンが語った「革命による中断」、何かを中断する力能です。これは非常に重要なことです。『(複数の)映画史』の構成方法に明らかなように、停止と反復は仲裁し、体系をなしています。停止が重要なのは、それがまさに、映画とたとえば語り[narration]を区別するものだからです――語りは、散文で書かれた文学一般のモデルの一つでした。ご承知のように、文学の理論家たちは、散文と詩の間の明確な弁別要素をたった一つしか見出しませんでした。彼らが見出したのは、詩では中間休止[césure]や句跨り[enjambement]を行うことができるということです。つまり、音声上の境界と意味論的な境界を対立させることができます。中間休止や句跨りとは、意味論的な境界と音声上の境界を対立させ、休止を作り出し、停止させ、徴、差異を作り出す可能性のことです。したがって、詩には停止の能力があり、散文にはありません。
 さて、映画もそのような停止の力を持っていること、反復と停止は映画において体系をなしており、両者は切り離せないことを示しましょう。二つが相まって、映画のメシア的な使命[tâche]を果たしているのです。この使命、『(複数の)映画史』からも現れ出ているように思えるこの使命とは何でしょうか。それは、反復や停止が私たちに何かをもたらすということではありません。新たな創造や、ごく単純に新たなイヴ――第一の創造に基づく第二の創造――ではなく、「脱創造[décréation]」の行為なのです。それこそがむしろ、反復と停止の力です。それらはかつてあったものを脱創造し、その脱創造によってしか、反復は可能ではありません。ドゥルーズはかつて、どんな創造行為も抵抗の行為であると言っていますが、ある行為が抵抗たりうるのは、それが諸々の事実を「脱創造」する力を持っているからです。というのも、かつてあったものを脱創造できる力と能力をまず持っていなければ、私たちは何に対しても抵抗できず、事実がつねにより強力なのです。
 もう一つ、私には重要に思えることがあります。あるイメージがこうして反復と停止によって加工されると、何が変えられるのかということです。それはいわば「無のイメージ」なのです。見たところ、ゴダールが私たちに示すイメージの数々は、他の映画から抜粋された、イメージのイメージですが、まさにそのことによって、それ自体をイメージとして示す能力を獲得しています。それらのイメージはもはや、私たちがただちにその意味作用――物語的なものであろうと、そうでなかろうと――をたどらなければならない何かのイメージではなく、それ自体としておのれを顕示するイメージにして手段なのです。ここで次のように結論づけることができるでしょう。私が冒頭で語った真のメシア的な力とは、イメージを、あの「イメージなき状態[sans image]」――ベンヤミンが言ったように、あらゆるイメージの避難所であるところの――にする、このような力のことなのです。

 なお、アガンベンの映画論のうち、以下の4篇は邦訳で読むことができる。

 迂闊にも訳出を終えてから気づいたのだが、本テクストは、「ギー・ドゥボールの映画」とかなり重複している(冷静に考えれば、だからこそ『ニンファ その他のイメージ論』に収められていないのだろう)。「ギー・ドゥボールの映画」は、上記のテクストをいわば青写真として、それを膨らませたものなのであり、論の展開はほぼ同じであると考えてよい。

 ということは、アガンベンドゥボールの試み全体とゴダールの『(複数の)映画史』というプロジェクトをほぼ同一視しているということになる。実際、「ギー・ドゥボールの映画」には、「二人は長年にわたって敵対関係にあったが[……]、にもかかわらずゴダールは、ドゥボールがはじめてたどってみせたのと同じパラダイムをあらためて見いだした」とある(邦訳66頁)。アガンベンの立論の基底にあるこうした見立てそのものの妥当性については、さらなる吟味の必要があるだろう。

ゴダール新作『イメージの本(Le Livre d'image)』予告篇についての覚書

 2018年のカンヌ映画祭に出品されるジャン=リュック・ゴダールの新作『イメージの本(Le Livre d'image)』の予告篇は、それ自体、実験映画のようだ。左右のビープ音と『軽蔑』ラスト付近の音声の引用で始まり、ハンス・オッテの楽曲がサウンドトラックを支配するこの1分14秒の予告篇の映像は、音声面での不穏さと相まって、異様な密度の濃さで観客に襲いかかる(追記:以下のYouTubeに転載された動画は解像度が低いので、Vimeoのオリジナル版をご覧になることをお勧めします)。


 この予告篇は、どうやら複数の映像のレイヤーで構成されているようだ。そのレイヤーの重なり具合を明確に言い表すのはむずかしいが、手がかりになるのは2種類の文字情報のレイヤーだろう。

 まずはっきりしているのは、「TABLEAUX」「FILMS」「TEXTES」「MUSIQUE」と続く、大きなフォントサイズで書かれた4つの単語の「後景」に、おそらく絵画、映画、文章、音楽の引用元のクレジットと思われる小さなフォントサイズの文字のリストが展開していくこと。この2つのレイヤーの前後関係は明瞭だ。



 黒地に白で書かれた大きな文字を透かして、高速度で展開しているらしき映像が見え隠れするが、単に文字の「背後」に映像のレイヤーがあるだけでなく、その「手前」にも時おり映像が横切っているようだ。



 垣間見える映像はほとんど判別できないが、たとえばこの箇所など、「TEXTES」という文字を透かして、かなりはっきりと情景が見て取れる(砂漠地帯でムスリムたちが祈りを捧げているように見える)。

 しかし、大きな文字を透かして見える映像と、文字そのものに覆い被さる手前の映像の関係は、正直言ってよくわからない。両者の映像は同じときもあれば、異なるときもあるように見えるし、レイヤーの前後関係も不明瞭だ。



 あるいは、この箇所では、シルエットではっきりと、馬に乗った二人の人物が去って行く姿が見て取れる。ただし、ここは先ほどとは違ったロジックで、複数のレイヤーの重ね合わせが行われているようだ。

 いずれにせよ、見えそうで見えず、何かただならぬことが起こっている気配だけは濃密に漂ってくる。

 さて、以下では、本篇を読み解くためのヒントが詰まっていると思われる小さな文字のリストに絞って、いくつか雑感を述べることにする。とはいえ、現時点(5/7現在)では当然、本篇は未見なので(カンヌ映画祭では5/11に上映予定)、以下の記述は予告篇を見てわたしが妄想したことにすぎないことをお断りしておく。

 まず、このリストは全部で11枚あり、挙げられている項目は264におよぶ。84分の上映時間(ここからダウンロードできるプレスキットに基づく)に仮にこれだけの引用が詰まっているとなると、その密度は相当なものだろう。『ゴダール・ソシアリスム』(2010)の第3楽章、あるいは『アワー・ミュージック』(2004)の冒頭部分のようなコラージュが全篇にわたって続くのだろうか。前作『さらば、愛の言葉よ』(2015)のような「物語映画」から、『映画史』(1988-98)の手法への回帰がなされているのだろうか。

 264項目のうち、約150は映画のタイトル(うち、ジガ・ヴェルトフ集団も含めたゴダール自身の作品が20本)、90ほどが文学者、映画人、画家、音楽家等の名前で、残りは現時点ではなんとも言えないものである(HISTOIREとか、GOOGLEとか、MARILYNとか、CONSTANTINOPLEとか)。

 人名等のうち、画家はあまり多くない(ダ・ヴィンチジャコメッティアンドレ・ドラン、ドラクロワクリムト、マサッチオ、カイユボット、フォンテーヌブロー派、アウグスト・マッケの9項目)。


 

 この9項目のうち、レオナルド・ダ・ヴィンチの何が引用されているのかは、予告篇でも明かされている。末尾付近に出てくるこの天を指し示す指は、彼の《洗礼者ヨハネ》St. John the Baptist (1513-16)からとられたものと考えて間違いないだろう。


 

 また、青騎士の画家アウグスト・マッケのどの作品が使われているかも、すでに判明している。予告篇には出てこないが、製作会社CASA AZUL FILMのホームページにみられるこのイメージは、彼の水彩画《明るい家》Das Helle Haus (1914)をかなり色調変化させて用いたものだ。実はこれはパウル・クレーらとともに赴いたチュニジア旅行の成果のひとつで、おそらくその出来事を取り上げたスイスの映画作家ブルーノ・モルのドキュメンタリー『チュニジア旅行』(2007)と関連していると思われる。

 音楽関係のクレジットは、約20項目ほど。あがっているのは、バッハ、ベートーヴェンメンデルスゾーンプロコフィエフシュニトケといったクラシックの正統的な作曲家から、モーリス・ルルーやポール・ミスラキといった映画音楽の作曲家、アルヴォ・ペルト、ギヤ・カンチェリ、トーマス・スタンコ、そして予告篇にも使われているハンス・オッテといったゴダール好みの現代曲、さらにはアヌアル・ブラヒムやトルド・グスタフセンといったジャズの作曲家まで。これらの多くは、ここ30年くらいのゴダール作品がどれもそうであるように、ECMレコード(これもリストに入っている)の徴の下に置かれている。

 文学者を中心とする他の人名の多くは、シェイクスピアドストエフスキー、フォークナー、ソレルス等々、いわば「ゴダールの図書館」でおなじみの名前が多い。とはいえ、目を引く名前もいくつもある。たとえば、ストローブ=ユイレがこだわっているイタリアの作家エリオ・ヴィットリーニの名前もみられる。



 だが、アラブ世界についての考察を含むとも噂される本作との関連でより興味深いのは、ヨーロッパとその他者の関係性について思考し続けたエドワード・サイードの名前が挙がっていることかもしれない(サイードの名前の次には、彼の対話本の仏訳版に「アラブ人は語ることができるか」という序文を寄せているアルジェリア系の哲学者セルア・リュスト・ブルビナの名前もみえる)。

 また、ゴダールがよく名前を挙げるアメリカの作家フレデリック・プロコシュ(彼の1950年代の小説『幸福なるアラビアの偶然』(仏語題)にゴダールはたびたび言及する)や、エジプト生まれのフランス語の作家アルベール・コスリー(日本語では『老教授ゴハルの犯罪』だけ水声社から翻訳されているが、ゴダールが参照しているのはたぶんこの小説ではないと思う)のテクストがどのように使われているのか、興味は尽きない。

 さて、リストで最も興味深いのは、もちろん、264項目の過半数を占める映画タイトルだろう。ここでも、いわば「ゴダールシネマテーク」でおなじみのタイトルは数多い。しかし、ゴダールの『映画史』が自分より後に生まれた作家をほとんど無視していたのとは違って、『イメージの本』は、予告篇のリストを一瞥するだけでも、積極的に新しい作品群を取り込もうとしているようにみえる。

 ここでは二点だけ指摘するにとどめよう。まず、予告篇それ自体が実験映画的であることからも予感されるように、実験的・前衛的な傾向をもつ映画への言及が目を引く。これまでにも、ホリス・フランプトン、『我ら』NOUS(アルタヴァスト・ペレシャン)、『コミューン』LA COMMUNE(ピーター・ワトキンス)、『地中海』MÉDITERRANÉE(ジャン=ダニエル・ポレ)などはゴダールの作品世界にとって未知ではなかった(最後の『地中海』はフェルナン・ブローデルの本を指している可能性もあるが)。

 カナダ在住のマルチメディア・アーティストのアル・ラズティスAL RAZUTISの名前も言及されている。彼の初期映画をめぐる実験的作品『Visual Essays: Origins of Film』(1973-84)の抜粋を見るだけでも、いかにもゴダールが興味を持ちそうな感じがする。未確認だが、彼の作品はもしかしたらゴダールの『真の偽造パスポート』Vrai faux passeport (2006)でも使われていたかもしれない。

 しかし、おそらくゴダールが初めて用いる実験映画作品も少なくないはずだ。その中には、『中央地帯』LA RÉGION CENTRALE(マイケル・スノウ)や『午後の網目』MESHES OF AFTERNOON(マヤ・デレン)といった「古典」も含まれているが、それ以上に興味を惹かれるのは、「TERRORISM CONSIDERED」という項目で示されるイギリスの鬼才ピーター・ホワイトヘッドの長篇『Terrorism Considered as One of the Fine Arts』(2009)や、レイ&チャールズ・イームズの短篇『TOCCATA FOR TOY TRAINS』(1957)や、ずっと若い世代のジャック・ペルコントの短篇『APRÈS LE FEU』(2000)が入っていることだ(いずれもリンク先のYouTube等で見ることができる)。

 また、リストの1枚目に出てくる「CAMÉRA ANALYTIQUE」は、イェルヴァン・ジャニキアン&アンジェラ・リッチ・ルッキのDVD付き書籍(Yervant Gianikian et Angela Ricci Lucchi, Notre caméra analytique, Post-éditions, 2015)を指しているように思えてならない(DVDには、2015年のYIDFFでも上映された『東洋のイメージ』も収められている)。というのも、ゴダール2016年のインタビューで準備中の新作について語る際に、「ファウンド・フッテージ」に基づく考古学的作業を行っている彼らの作品に強い関心を示しているからだ(ゴダールはどうしても「例の二人のイタリア人映画作家」の名前を思い出せないのだが。ちなみに、同じく「ファウンド・フッテージ」に基づく作品を手がけているグスタフ・ドイチュは知らないという。また、このインタビューは全体的に聞き手の水準が高くめっぽう面白い)。



 こうした新たな領域の開拓には、製作のジャン=ポール・バッタージャ、撮影のファブリス・アラーニョとともにクレジットされている研究者兼プログラマーのニコル・ブルネーズの助力があったに違いないが(日本語では『映画の前衛とは何か』須藤健太郎訳、2012年、現代思潮新社を読むことができる)、それがどのような体験だったのかは、きっといずれ彼女自身の口から語られることだろう。

 もうひとつ指摘したいのは、映画の主題が「アラブ」であることと関わって、かなり多くのマグレブや中東の映画が参照されているらしいことだ。おそらく、そのうちゴダールにとって最も馴染み深かったのは、エジプトのユーセフ・シャヒーンの一連の作品だろう(かつてゴダールはシャヒーンの短篇『カイロ』を自作『JLG/自画像』の併映作として選び、一緒に記者会見に臨んだことがある)。リストでも、遺作となった『LE CHAOS』(2007)のほかに『GARE CENTRALE』(1958)が挙げられ、もしかしたら「BONAPARTE」や「DJAMILA」も彼の『アデュー・ボナパルト』(1985)や『ジャミラ・ブーパシャ』(1958)を指しているのかもしれない。

 だが、リストにはシャヒーンにとどまらず、チュニジアの作家・映画作家ナセル・ケミール(先に言及した『チュニジア旅行』にも出演している)の砂漠三部作のうちの2本(『COLLIER PERDU DE LA COLOMBE』(1991、ただしリスト上では「COLLINE」と誤記されている)、『BAB'AZIZ'』(2005)の2本)や、同じくチュニジアのパイオニア的な女性監督Moufida Tlatliのいくつかの作品(『LA SAISON DES HOMMES』(2000)と『LES SILENCES DU PALAIS』(1994))も挙げられている。これらの作品は、スイスではヴァルター・ルグレ率いるTRIGON FILMSが配給やDVD販売を手がけているようで、そのレーベルそのものも6枚目のリストに挙がっている(ただし、「TRIGNON FILMS」となっているので、別の組織を指しているのかもしれない 【追記】ご指摘を受け、よく目を凝らして見たら「TRIGON FILMS」と正しく記載されていました)。



 こうしたいわば「オーセンティック」なマグレブの映画と並んで、この11枚目のクレジットに見て取れるように、ジュリアン・デュヴィヴィエの『地の果てを行く』LA BANDERA (1935)はまだわかるとして、スティーヴン・ギャガンの『シリアナ』SYRIANA (2005)や、『バグダッドの盗賊』VOLEUR DE BAGDAD(ここではクライヴ・ドナー版、9枚目にはラオール・ウォルシュ版も)や、マイケル・ベイの『13時間 ベンガジの秘密の兵士』13 HOURS (2012)といった、ハリウッドによってでっち上げられた中東のイメージが渾然一体と取り上げられるあたりも、いかにもゴダールらしいところだろう。

 ついでに言えば、この11枚目に挙がっているアスガー・ファルハディの『彼女が消えた浜辺』ABOUT ELLY (2009)や、オサマ・モハンメド、ウィアーム・シマブ・ベデルカーンの『シリア・モナムール』EAU ARGENTÉE (2014)、アブデラマン・シサコの『禁じられた歌声』TIMBUKTU (2014)といった日本でも公開・上映された話題作もいくつかリストには入っている。

 こうして、リストを見るだけでもまだ見ぬ作品をつい果てしなく夢想してしまうが、個人的にちょっと驚いたことが二つある。

 ひとつは、スピルバーグの『ジョーズ』LES DENTS DE LA MER (1975)がリストに入っていること。ゴダールはことあるごとにスピルバーグを(羨望まじりに?)揶揄する発言を繰り返しているが、わたしの思い違いでなければ、彼の作品を引用することはなかったのではないか。とはいえ、ゴダールは『ピラニア3D』(2015)を平気で引用する人でもあるから、驚くことはないのかもしれない。

 もうひとつは、わたしが偏愛するテオ・アンゲロプロスの『霧の中の風景』(1988)が挙がっていること。「PAYSAGE DANS BROUILLARD」という表記で、冠詞が抜けているが、この作品以外には考えられまい。個人的にはこれがどういう文脈で入れられているのか、ぜひ見届けたいところだ。

『アンドレ・バザン研究』第1号の刊行

この春に刊行した『アンドレ・バザン研究』第1号(特集「作家主義再考」、非売品)に、以下の翻訳(解題つき)を寄せた。この研究誌の入手方法も含めた詳細については、アンドレ・バザン研究会の別ブログを参照してほしい。このエントリーでは、わたしが執筆した編集後記の全文も公開している。

1948年に書かれたアストリュックのいわゆる「カメラ万年筆」論は、ヌーヴェル・ヴァーグの淵源のひとつとして名高く、その内容もある程度は知られていたが、半世紀以上にわたって未邦訳のままだった。2016年にアストリュックが92歳で亡くなって、なんとしてでもこのテクストだけは訳さなければと思ってからはや一年近くが過ぎたが、この才気煥発な歴史的文書がようやく日の目を見たことを嬉しく思う。

アストリュックに関しては、その間、短い追悼の文章を書く機会も得た。「カメラ万年筆」論の解題と一部重複するが、追悼文の書誌は以下の通り。

  • 「アレクサンドル・アストリュック 「カメラ万年筆」の時代の到来を高らかに宣言」、『キネマ旬報』、2017年2月下旬号(1739号)、210-211頁

とはいえ、『アンドレ・バザン研究』第1号の白眉は、内容的にも分量的にも、間違いなくバザンの「作家主義について」(野崎歓訳)とアンドリュー・サリスの「作家理論についての覚え書き、一九六二年」(木下千花訳)である。半世紀以上前の文章だが、ともにアクチュアリティを保っている。四方田犬彦氏の「映画は監督のものである」(『日本映画は信頼できるか』所収、現代思潮新社、2017年、39-59頁)と併せて読むとよいだろう。