les signes parmi nous

堀 潤之(Junji HORI) 映画研究・表象文化論

『ゴダール・ソシアリスム』関連資料(2) VIDEOS

ゴダール・ソシアリスム』関連資料(2) VIDEOSとして、引用されている映像一覧を載せる(関連資料(1)TEXTOSも参照ください)。

『映画史』以降の多くのゴダール作品と同様、本作にもさまざまな映画からの引用がちりばめられているが、なかでも目に付くのは、第3楽章のオデッサのパートがまるまるそれに割かれている『戦艦ポチョムキン』(それに現在のオデッサ階段を子供たちにガイドする様子が対比されるのだが、その悲痛なユーモアは、合成を駆使したズビグニュー・リプチンスキーの『Steps』(1987)の下品さとは比べようもない)を除けば、ジャン=ダニエル・ポレの中編『地中海』(日本未公開、63)からの引用だろう(この作品の公開時に、ゴダールは短い評論を書いてもいる。『ゴダール全評論・全発言I』所収)。鉄条網ごしの海辺、ピラミッド、闘牛、黒々とした古代エジプトの太陽神ホルス、かすかに微笑んだスフィンクスの顔の下半分(平倉圭氏の新刊『ゴダール的方法』の表紙にも使われている)、シャツのボタンをかける少女などの印象的な映像は、どれも『地中海』からの映像だ。『ゴダール・ソシアリスム』は、直近ではとりわけオリヴェイラの『永遠の語らい』(03)を意識していると思われ、とりわけ「イスラム」の扱い方に関してはその対極にあるとも言えるだろうが(ゴダールレヴィ=ストロースによる「東洋の西洋」という言葉を引く)、フィリップ・ソレルスのテクストに基づく『地中海』の谺も見逃せない*1

また、第3楽章の「パレスチナ」のパートに印象的に登場する天使像——ベンヤミンの「歴史の天使」を谺しつつ、地中海に背を向けて立っている天使像——は、イスラエル出身のウディ・アローニによる『ローカル・エンジェル』(日本未公開、02)から借用されたものだ。藤原敏史氏もブログの記事で言及しているこの作品は、映画作品としてのクオリティは低いと言わざるをえないが、扱っている題材や作品を取り巻く言説が興味深い。スラヴォイ・ジジェクを思考の師とし、アラン・バディウの『聖パウロ』にインスパイアされた監督は、この作品でたとえばジャック・デリダの「赦し」pardonの概念を文字通りに受け止めて、イスラエルの左派活動家である母親シュラミット・アローニらとともに、アラファトに実際に「赦し」を求めに行きさえするのだ。また、車中でのシオニズムをめぐる母子の緊迫した対話など、ショーレム/ローゼンツヴァイクの1922年の物別れを反復するかのようにも思えると言っては言い過ぎか。ちなみに『ゴダール・ソシアリスム』で引用されてもいるショーレムの「われわれの言語についての告白」という1926年のローゼンツヴァイク宛の手紙(1985年にステファヌ・モーゼスが公表した)は、『ローカル・エンジェル』にも登場する。

同じく「パレスチナ」のパートでは、アニエス・ヴァルダの『アニエスの浜辺』(08)からの空中ブランコ乗りの映像が(まったく文脈を変えられて)登場する。その意図するところは、ゴダールが「パレスチナ人とイスラエル人がサーカスを公演して、一緒に空中ブランコの演し物をすれば、中東での事態は異なったものになるだろう」(『レ・ザンロキュプティーブル』誌のインタヴューより)と述べていることからも明らかだろう。また、映像に合わせて、コーランとタルムードを朗唱する女性の声が重ねられているのだが、それがチュニジアの女性監督カリン・アルブーの『花嫁の歌』(日本未公開、08)のラストシーン——ムスリムユダヤ教という異なる宗教に引き裂かれた2人の少女が、それぞれコーランとタルムードを朗唱しながら抱き合って仲直りするシーン——からのサウンドトラックであることは、管見の及ぶ限りでは、まったく指摘されていないように思う。アルブーの作品は、第二次世界大戦中のチュニスが舞台で、共存して暮らしていた2つのコミュニティが、ナチス侵攻によって引き裂かれるという状況を背景にしている。アルブーがラストで示唆する融和のヴィジョンは、美しくはあれ、現在の情勢に照らすとあまりにもナイーヴで無力であるという印象も禁じ得ない。そう考えると、空中ブランコ乗りの映像とのモンタージュによって一種の危うさを導入するという選択は、慧眼であるように思う。

第3楽章の「バルセロナ」のパートでは、相も変わらずスペイン内戦に焦点が当てられているのだが、そこでアンドレ・マルローの『希望』と並んで、ソ連のドキュメンタリー作家ローマン・カルメンがクロース・アップされていることも注目に値する。映像が取られているとおぼしきドミニク・シャピュイ/パトリック・バルベリスのドキュメンタリー番組『ローマン・カルメン』(日本未公開、01)は、結局、手に入れることができなかったが、番組に基づく書籍は、この世界中を駆け巡った情熱的なドキュメンタリー作家の経歴を簡潔に見渡す上でなかなか有用だった。以下、リストを掲げる。
VIDEOS

監督名/タイトル 原題 登場箇所
ロベルト・ロッセリーニ『イタリア旅行』(54) Viaggio in Italia 第3楽章(バルセロナ
ジョン・フォード『シャイアン』(64) Cheyenn Autumn 第3楽章(パレスチナ
クロード・ランズマン『ツァハール』(94) Tsahal 不明(第3楽章のパレスチナ?)
ピエル・パオロ・パゾリーニ『王女メディア』(69) Medea 第3楽章(ギリシャ
オーソン・ウェルズドン・キホーテ』(未完) Don Quijote 第3楽章(バルセロナ
セルゲイ・エンゼンシュテイン『戦艦ポチョムキン』(25) Броненосец Потёмкин 第3楽章(オデッサ
ドミニク・シャピュイ/パトリック・バルベリス『ローマン・カルメン』(01) Roman Karmen 第3楽章(バルセロナ
アンドレ・マルロー『希望』(45) L'Espoir 第3楽章(バルセロナ
ユーセフ・シャヒーン『アデュー・ボナパルト』(85) Adieu Bonaparte 第3楽章(エジプト)
ブライアン・ゴーレス『復讐のエトランゼ』(03) Face of Terror
ジャック・ターナー『マラソンの戦い』(59) La battaglia di Maratona 第3楽章(ギリシャ
ウディ・アローニ『ローカル・エンジェル』(02) Local Angel 第3楽章(パレスチナ
ジェイソン・コネリー『デビル・ハザード』(09) Devil's Tomb
セルゲイ・エンゼンシュテイン『十月』(28) Октябрь 第3楽章(オデッサ
ジャン=リュック・ゴダール『ウイークエンド』(67) Week-end 第3楽章(パレスチナ
ジャン=ダニエル・ポレ『地中海』(63) Méditerranée 第1/3楽章
ナンニ・ロイ『祖国は誰のものぞ』(62) Le quattro giornate di Napoli 第3楽章(ナポリ
カレル・プロコップ『老人と砂漠』(88) Le vieil homme et le désert 第3楽章(エジプト)
フロランス・モーロ『シモーヌ・ヴェイユ、型破りな女性』(09) Simone Weil, l'irrégulière 第3楽章(バルセロナ
ミケランジェロ・アントニオーニミケランジェロのまなざし』(04) Lo sguardo di Michelangelo 第3楽章(ナポリ
カリン・アルブー『花嫁の歌』(08) Le chant des mariées 第3楽章(パレスチナ
TVドキュメンタリー『ギリシャ内戦』 O Eλληνικός Εμφύλιος Πόλεμος 第3楽章(ギリシャ
ロバート・ロッセンアレキサンダー大王』(56) Alexander the Great 第1/3楽章(ギリシャ
ガブリエール・エギアザーロフ『白銀の戦場(スターリングラード大攻防戦)』(72) ГОРЯЧИЙ СНЕГ 不明
アニエス・ヴァルダ『アニエスの浜辺』(08) Les Plages d'agnès 第3楽章(パレスチナ
ピエル・パオロ・パゾリーニアラビアン・ナイト』(74) Les mille et une nuits 第3楽章(エジプト)

*1:この作品は、かつてフランスで出たDVDで見ることができる。また、ジャン=ルイ・ルートラとシュザンヌ・リアンドラ=ギーグによるモノグラフィー『Tours d'horizon, Jean-Daniel Pollet』(2005)は、ポレをめぐる数少ない研究書として貴重である。