les signes parmi nous

堀 潤之(Junji HORI) 映画研究・表象文化論

日本におけるゴダール

勤務先の大学にある東西学術研究所の紀要に、以下の文章を寄せた。

堀潤之「映画は音楽のように――日本におけるジャン=リュック・ゴダール作品の受容についてのささやかな覚書」、『東西学術研究所紀要』第45輯、2012年4月、163–177頁 【全文

この紀要は遠からずウェブ上に公開されることになっているので、やや先走ってここに全文のPDFを載せておく(追記:その後、関西大学学術リポジトリに登録されたので、リンク先を変更しました)。

なお、末尾の「ゴダール作品公開日一覧表」は、さっそくアップデートしなければならなくなった。今月末にIVCから「ジャン=リュック・ゴダール+ジガ・ヴェルトフ集団」Blu-ray & DVD BOXが発売されるのに先立って、オーディトリウム渋谷などで6作品が上映されているからだ。うち『ありきたりの映画』、『たのしい知識』、『ウラジミールとローザ』の3本が日本初公開(ただし、ブルーレイ上映)となった。

この小論の主題は、日本におけるゴダール作品の興行史・批評史である。といっても、あくまでも、ゴダール作品はあたかも「音楽のように」感じ取ればよいのだとする一般的に流布している(と思われる)いささか軽薄な通念を批判的に検討することを目的とする限りにおいて批評史を振り返ったものなので、網羅的なものではまったくない。

具体的には、まず、とりわけ多くの作品が封切られた1967年から71年における、『映画批評』『季刊フィルム』『シネマ69』といった雑誌での密度の濃い批評活動を概観し、蓮實重彦の主題論的な言説がアクティヴィスト的な視点に基づくゴダール作品の読解に対する批判として登場したという文脈を確認している。次いで、その経緯が忘却されたことの一つの帰結として、1980年代以降、ゴダール作品はあたかも音楽のように感じ取ればよいのだとする単純化された美学的受容が広くみられるようになったことを指摘する。本文中にも記したとおり、これは十年ほど前に平沢剛氏がすでに指摘していた見立てを敷衍したものである。

日本におけるゴダール受容には以前から関心があった。自分のゴダール理解が、興行の側面も含めた日本の言説空間に否応なく規定されていることを痛感させられるのは、平凡なことながら、海外での(ディス)コミュニケーションの折りである。少なくともフランスでは、ゴダールが日本におけるほど(過度に?)もてはやされているということはない。そこで、地政学的状況も文化的伝統も異なる日本で、なぜこれほどゴダールが重視されるのかという疑問が生まれる(実際、海外の友人たちにこの問いを投げかけられ、口ごもるしかなかったという経験も何度かある)。日本という特殊な環境が、良くも悪くも、ゴダール作品に「別様に」目を向けることを可能にしているのであり、そのさまを浮き彫りにできないものかとずっと漠然と考えていたのだが、たまたま近年の日本でのゴダール受容の状況について何か書いてくれという海外からの依頼に応えてもっと短いエッセイを書いたことが、この小論執筆の直接の契機になった(残念ながら、元のエッセイの方の出版計画は、今のところ頓挫したかたちになっている)。

むろん、この小論では、ゴダールについて書かれた膨大な量の批評のうち、ほんの一部だけを扱ったにすぎない。ゴダール論は密度の濃いものが多く、時代状況や論者自身を映し出す鏡でもある。1960年代以降の日本の映画批評史を、ゴダール論を通じて振り返るという作業もおもしろいかもしれない。