les signes parmi nous

堀 潤之(Junji HORI) 映画研究・表象文化論

『越境の映画史』の刊行

同僚の中国語圏映画の研究者・菅原慶乃氏と編んだ下記の論集が、昨年度末の3月31日に関西大学出版部から刊行された。

堀潤之・菅原慶乃編『越境の映画史関西大学出版部、2014年3月、総ページ数274頁

越境の映画史 (関西大学東西学術研究所研究叢刊)

越境の映画史 (関西大学東西学術研究所研究叢刊)

本書は、2人の編者に加えて、西村正男、大傍正規、韓燕麗、竹峰義和の各氏による、広い意味での「越境」にまつわる6つの論考を収めたもので(詳細目次はこの記事の末尾を参照)、制度的には2009年度から2012年度まで、関西大学東西学術研究所で4年間にわたって活動した比較映像文化研究班という研究グループの成果報告書という位置づけだが、最も直接的には2013年2月9日に行われた研究例会「越境の映画史」(チラシのPDF)での発表・討論がベースになっている。

ごく簡単に内容を紹介すると、本書は映画作品の越境とそれが及ぼす影響を探った第1部「映画は越境する」と、映画人の越境的な活動に注目した第2部「越境する映画人たち」の2部構成となっている。

第1部は、文豪トルストイの晩年の小説『復活』(1899)の国境を越えた伝播とその歌や音楽との関わりをたどる西村論文、フランスの喜劇王マックス・ランデーの帝政ロシアと日本への伝播の帰結をたどる大傍論文、そしてハロルド・ロイドの『危険大歓迎』(1929)をはじめとして、当時の中国で「中国侮辱映画」として大がかりな非難に曝された一群の映画作品を対象に、その背後に潜む複雑な折衝のポリティクスを浮き彫りにする菅原論文からなる。 

第2部は、文化的に混淆した地域であるマレー半島で作られた中国語字幕によるサイレント映画『新客』(1926)に焦点を当て、その製作のコンテクストを掘り下げた韓論文、ナチス時代にヒトラーに目をかけられていた俳優・監督ルイス・トレンカーのアメリカ体験を読解する竹峰論文、そしてクリス・マルケルが1950年代後半から60年代前半にかけて――つまり「政治」の季節以前に――行った東アジア(中国、北朝鮮、日本)への旅の詳細と、その成果である作品群を分析した拙論からなる。

むろん、6つの論考だけで映画史の越境の事例を網羅できるはずはなく、また「越境」というキーワードに対して統一的な見解を打ち出しているわけでもないのだが、ヨーロッパ(フランス、ドイツ、帝政ロシア)、アジア(日本、上海、香港、マレー半島)、そしてアメリカに関わる、洋の東西にまたがる映画史の興味深いケース・スタディを提供することはできたのではないかと思う。

【詳細目次】

はじめに(堀 潤之)

第1部 映画は越境する

第1章 歌い、悲しみ、覚醒するカチューシャ――トルストイ『復活』と中国語映画(西村正男)
1 文明戯と無声映画における『復活』
2 映画『復活』と二つの演劇
3 香港における二本の北京語映画
4 まとめ

第2章 越境するスターダム――帝政ロシアと日本におけるマックス・ランデーの受容(大傍正規)
1 はじめに――フィルモグラフィの作成を手がかりに
2 帝政ロシアにおけるランデー受容――群衆の熱狂とアヴァンギャルド映画作家による追憶
3 日本におけるランデー受容――「日本のマックス」関根達発による映画俳優の養成
4 おわりに

第3章 中国人を描くべきは誰か――アメリカ対中映画貿易をめぐる表象の政治学(菅原慶乃)
1 はじめに――「中国侮辱映画」の系譜
2 『危険大歓迎』事件――中国の“義憤”、アメリカの“譲歩”
3 アメリカ映画市場の拡大――文化貿易の商品としての映画をめぐって
4 「中国侮辱映画」への抗議と米国政府の対応
5 おわりに


第2部 越境する映画人たち

第4章 ナショナル・シネマの隙間に――一九二〇年代のマレー半島における中国系移民の映画製作について(韓燕麗)
1 最初の「国産」映画の誕生
2 『新客』の内容について
3 出演女優について

第5章 西部への呼び声――ナチス時代のルイス・トレンカーの越境的活動をめぐって(竹峰義和)
1 ハリウッドと第三帝国のはざまで
2 スタイルの擬態と横断――『銀嶺に帰れ』
3 原ハリウッドを征服せよ!――『カリフォルニアの帝王』
4 追従と失脚

第6章 「東洋」から遠く離れて――クリス・マルケルによる中国・北朝鮮・日本(堀 潤之)
1 北京
2 北朝鮮
3 日本

おわりに(菅原慶乃)